青いレモンの殺意
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チャプター
      


 あの合格発表は今でも信じられません。でも、もう疲れました。あなたと一緒に机を並べて勉強できなくなるのだけが残念です。
 ため息が出た。我ながら月並みな文章だ。人生最後の手紙なんだからもっと名文がすらすら湧き出てくるものだと思ってたんだけどんな……。
 まあいいや。『遺書』と書いた封筒の上に石を乗せて飛ばないようにしてから崖っぷちに立った。
 遥か下に見下ろす海面から物凄い勢いで風が吹き上げてきてよろけそうになる。死ぬ気でなくてもここに立てば体を持ってかれそうだ。それに三月の日本海は死ぬほど寒くてさっきから足が笑いっぱなしだ。早いとこ済ませてしまおうよ。
 まだ寒々とした日本海が目の前に広がる。
「さよなら」
 意味もなく呟いて地面を蹴った。迫ってくる海の色は青じゃなくて灰色に見えた。

「それでは、今年の生徒会の演し物は寸劇ということにします。異義はありませんかぁ」
 生徒会長の交野(かたの)徹がまとめにかかった。黒板には『レトロ学園祭の演し物について』と議題が書かれている。
この『レトロ』って企画にすっかり毒されて近頃交野の言動は三十年前にタイムスリップしてしまってる。気のせいか口調まで金八先生のホームルームみたいだ。
「それでいいじゃん」
 運動部長の矢野昌司(まさし)が言って席を立とうとした。副会長の安田香代がひと睨みする。
「おお恐わ」
 目線に気付いて、矢野は大げさに肩をすくめながら席に戻った。
「あのう」
 文化部長の水野由布子が恐る恐る手を上げた。
「はい、水野さん」
「デューク・なんとかの『おさななじみ』に合わせて寸劇をやろうというんですよね。その曲って三十年前よりもっとずっと古いんじゃないですか」
「お、よくご存知で。『おさななじみ』は、作詞作曲が永禄輔、中村八大のロッパチ・コンビ。時は、昭和三十八年。NHKの夢であいましょうという番組の六月の歌でデューク・エイセスが歌ってヒットした往年の名曲なのであります。つまり、東京オリンピックの前の年。三十年前の昭和五十二年より遡ること十余年……」
 講談調は止めろって……。相変わらず無駄にトリビアの多いやつだ。
「ま、雰囲気。雰囲気」
 へらへら笑ってる交野の横で発案者の本田圭治がうっそりと瞑っていた目を開いた。
「学園祭のテーマにも合うと思うけど」
低いけれどよく響く声で答える。彼は会計をやっている。今年の学園祭のテーマは交野の強行採決で『友情』に決まったのだ。
「あの曲って最後の方でキスをするって歌詞が出てきたんじゃあ……」
 彼女の声は尻すぼみに小さくなった。
「工夫次第だろ。傘を開いてその陰に隠れちまうとかすれば、それらしく見えるよ」
 本田はぶっきらぼうに答えた。水野はまだ何か言いたそうだったが結局口をつぐんだ。
「他に意見はありませんかぁ」
 交野が金八先生モードで問い直す。誰も口を開かなかった。矢野はわざとらしく窓の方を向いて知らん顔をしていたし、本田はうっすらと目を開けて黒板を見ているだけだった。水野はまだおどおどした目付きのままだったが、軽く頷いて意見のない意思表示をした。
「では、決定とします。来週から夏休みですので練習は二学期からということで。他に何か……、なければ生徒会執行委員会を終了します」
 矢野が、真っ先に席を立って部屋を出た。
「ああ、うざってぇ」
 聞こえよがしの声が廊下に響く。それに応えるみたいに蝉時雨がひとしきり騒がしく聞こえた。俺はやれやれと一つため息をついた。



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