ななこちゃんとイダテンくん
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チャプター
        


 ピーッ。

 その時、ななこちゃんの頭の上でひばりの鳴き声が響(ひび)きま した。その声は、よく似た音色のふえのことをななこたんに思い出させてくれました。今こそ、あのアシぶえを吹く時だとななこちゃんに教えてくれたみたいで す。ななこちゃんは急いで家にもどると、かべにかけておいたふえを外して口にくわえました。

 ピーッ。

 大きく息(いき)を吸(す)うと、ななこちゃんは思い切りふえを ふきました。ふえの音はかべに吸(す)い込(こ)まれるように消えて、また部屋の中はしんとなりました。ななこちゃんはせわしなく部屋の中を見回しました がイダテンくんはいません。開いておいたまどから身を乗り出して庭(にわ)を見回しましたが、やっぱり誰もいません。『せかいのはてからだってかけつけ る』って言ったじゃない。ななこちゃんは怒(おこ)ったように、何度も何度もふえを吹きました。

 ピーッ。ピーッ。ピーーッ。

 ごうっと、庭(にわ)につむじ風がまって土ぼこりがわき上がりました。土ぼこりの向こうには、あの白い着物(きもの)を着たイダテンくんが立っていました。

「おそいよ」

 ななこちゃんは口をとがらかせて言いました。

「ごめん、ごめん。あんまり急いだんで、と中で転(ころ)んじゃった。でも、ふえは一回鳴らせば聞こえてるぜ」

 あい変わらず、イダテンくんはいばりんぼうな口ぶりで言いわけを しながら、身軽(みがる)にまどを乗りこえて部屋の中に入ってきました。ななこちゃんのお父さんが作ってくれた、あの白いくつをはいたままでしたが、今は それどころじゃないと思って、ななこちゃんは気にもしませんでした。

「で、どうしたんだ」

 ななこちゃんの半べそ顔を見ながら、イダテンくんはちょっと心配そうにたずねました。

「お父さんが病気になっちゃったの。でも先生は遠くの病院に行ってて来てもらえないの」

 ななこちゃんは、イダテンくんの手を引きずるようにしてお店に連 れて行きました。ふとんの中で白い顔をしてねむっているお父さんを見たとたん、イダテンくんは口を一の字にぎゅっと結びました。目のはしをつり上げてお父 さんをおこったような顔で見下ろしているので、横で見ているななこちゃんはちょっとこわくなってしまいました。

「これは急がなくちゃいけないみたいだ。先生ってオレを治してくれた人だよな。今はどこかの病院に行ってるんだよな」

「うん。遠くの病院だって言ってた」

「よし、すぐ連れてきてやる」

 イダテンくんがきっぱりと言い切ったので、ななこちゃんはびっくりしてしまいました。

「でも、どこの病院か知らないよ」

「かまうもんか。別に外国に行ってるわけじゃないんだろ。片っぱしから病院をのぞいて回ればすぐに見つけられるさ」

 時間がおしいというように、イダテンくんはお店を飛び出して表に出ました。あとからななこちゃんも急いでついて行きます。

「すぐにもどるからな」

 ふり返って言いながら、イダテンくんの足元にはもうつむじ風がまい始めています。ぽんと軽やかに地面をけったかと思うと、イダテンくんの姿(すがた)はもうなくなっていて、ななこちゃんの目の前にもうもうと土ぼこりが立っているばかりでした。

 何だかいっつもせっかちだよねえ。ななこちゃんは半分あきれて、半分おかしくて、土ぼこりが散(ち)って行くのを見ながら少し笑(わら)いました。

「でも、だいじょ……」

 『うぶかなあ』というななこちゃんのひとり言は、と中でしり切れトンボになってしまいました。またつむじ風が起こったかと思うとイダテンくんが目の前に現れたのです。『忘(わす)れもの?』と聞こうとしたななこちゃんの言葉(ことば)はのどに引っかかってしまいました。

 イダテンくんの背中(せなか)には今にも目を回してしまいそうな顔でお医者さまがおぶわれていたのです。

「先生こっちだ」

 イダテンくんは、何か言おうとしているお医者さまをおぶったままお店に飛びこみました。

 イダテンくんの背中(せなか)から下ろされたお医者さまはまだ何か言おうとしていましたが、ふとんの中のお父さんを見たとたん顔つきが変わりました。

「こりゃいかん」

 急いでみゃくを取って様子(ようす)をみると、ななこちゃんに電話を借りてお医者さまは救急車(きゅうきゅうしゃ)を呼びました。救急車(きゅうきゅうしゃ)を待つ間にイダテンくんに急かされながら、ななこちゃんは電気やガスを切って家の戸じまりをすませました。

 救急車(きゅうきゅうしゃ)は大きなサイレンを鳴らしながらやっ てくると、ななこちゃんやイダテンくんもいっしょに乗せてすぐに病院に向かいました。救急車(きゅうきゅうしゃ)の中でもお医者さまは白い服(ふく)を着 た男の人たちといっしょに機械(きかい)でお父さんの体を調べたり、注しゃを打ったりしてくれました。ななこちゃんは心配そうにお父さんを見ているしかあ りませんでしたが、となりであぐらをかいてめずらしそうに救急車(きゅうきゅうしゃ)の中を見回しているイダテンくんを見ていると、どうしてだかもう大丈 夫(だいじょうぶ)な気がして少し安心しました。

 救急車(きゅうきゅうしゃ)が着いたのは、ななこちゃんのお母さ んが入院している病院でした。お父さんはタイヤのついたベッドに乗せられて、病室(びょうしつ)に運ばれて行きました。お医者さまの手当てがきいたのか、 病室(びょうしつ)についたときにはお父さんの顔にも赤みがもどっていて、息(いき)もずいぶん楽になっているように見えました。

 この病院にお母さんが入院していますとななこちゃんが言うと、お医者さまはすぐに連絡をとってくれて、検査(けんさ)を終えたお母さんが病室(びょうしつ)にやってきました。

「ほんとうにどうもありがとう」

 お母さんは、はじめて会ったイダテンくんに大人(おとな)の人にするみたいなていねいなおじぎをしてお礼を言いました。

「いえ、この前ぼくは、ななこさんにもお父さんにもたいへんお世話になりました。ごおん返しをするのは当り前のことです」

 イダテンくんも、よそいきのような話し方をします。それから、お母さんはお医者さまとお父さんの病気のことを話していました。

「働き過ぎでつかれがたまっていたんだと思いますよ。注しゃを打っておきましたし、一晩(ひとばん)眠(ねむ)れば元気になられるでしょう。しかし、手当てが遅(おく)れれば大変なことになっていたかもしれません。イダテンくんにはよくお礼を言ってあげて下さい」

 お医者さまのお話を聞いて、ななこちゃんは背中(せなか)を冷たい手でなでられたみたいにぞわぞわっとした気分になりました。


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