3次の日若葉が目をさましたとき、お父さんはまだ帰っていなかった。徹夜だったらしい。
支度をすませてテーブルの上のお父さんのご飯に布巾をかぶせて、若葉は家を出た。
「お早よう。」
玄関に鍵をかけていると拓也の声がした。若葉が振り返ると生け垣から拓也が首を突き
出していた。
「お早よう。」
「これやるよ。」
拓也は、手を伸ばしてチョコレートの箱を差し出した。
「だって、それ……。」
「夕べ改造したんだ。もう電気びっくり箱じゃないから。」
ちょっときまり悪そうに拓也は笑った。少し迷ったけれど結局若葉は生け垣の方に歩い
て行った。
「開けてみなよ。」
箱を若葉の手の中に押しつけるようにして渡しながら拓也は言った。若葉はちょっと目
を細めて上目づかいに拓也の目を見る。それからもう一度チョコレートの箱に目を戻して
ふたの縁に爪を引っ掛けるようにして恐る恐る開いた。
途端――、若葉の体は小さく震えた。箱からは電気の代わりに耳馴染みの音楽が流れ
てきたのだ。――「ロンドンデリー」だわ。少し甲高いその音を聞き分けるのにいくらか
ひまがいった。
「その曲好きだって言ってたろ。あげるよ。」
若葉は、もう一度拓也を見上げた。よく見ると目が赤い。――徹夜したのかしら。若
葉が口を開いて何か言おうとすると、さえぎるように拓也が急いで口を開いた。
「じゃあ、先に行くから。」
よほど照れくさかったのか拓也は、慌てて背を向けると走って行ってしまった。
ロンドンデリーが好きだって言ったのは、オルゴールの鍵を失くす前じゃない……。よ
く憶えていたなあと、若葉は変なことに感心した。
学校に向かって歩きながら若葉はやっと気付いた。あの不思議な鍵が見せてくれた宝箱
の中の光景は、現実に起こっていることを映し出していたんだと――。