あの菜の花の原っぱから神様の国に帰るとイダテンくんが言いましたので、ななこちゃんは原っぱまで見送りに行くことにしました。 「本当にお世話になりました」 レンガ色の門のところでもう一度おじぎをして、イダテンくんはお父さんにお別れを言いました。 菜の花の原っぱまでの道はあまりにも短くて、イダテンくんの話が少ししか聞けなかったことが、ななこちゃんには残念(ざんねん)でたまりませんでした。 「ねえ、ちょっとあそんで行こうよ」 ななこちゃんはたまらず、イダテンくんの服(ふく)のすそを引っぱりながら言いました。 「ふん、オレはいそがしいんだ。ななことあそんでるひまなんかないやい」 イダテンくんは急にいばりんぼうにもどって、ななこちゃんの手を ふりはらいました。その言い方があんまりじゃけんだったので、ななこちゃんはふりはらわれた手を広げて、その手をじっと見入るようにうなだれてしまいまし
た。イダテンくんはだまりこんでしまったななこちゃんを見て、困(こま)ったような顔になってほほをかきました。 「いやさ、オレきのう、父さんの用事のと中だったんだ。それが、へまやっちゃってけがしたから、その用事がすっかり遅(おく)れてるんだ。だから、悪(わる)いけどすぐにでも行かなきゃ」 そういうことならしかたありません。ななこちゃんも顔を上げて、こくんと一つうなずきました。 「わかった。じゃあ、またいつか遊ぼうよ」 本当はせっかくこの町に来て、さいしょの友だちができかけていたのに、すぐにお別れしないといけないことが残念でたまりませんでしたが、ぐっとがまんしました。 「ああ、またいつかな」 イダテンくんはそう言って、かけ出そうとしましたが、ふと思いついたようにななこちゃんをふり返って、右手のこぶしをつき出しました。 「もうちょっとで忘(わす)れるとこだった。これをやるよ」 イダテンくんが手を広げると草でできたふえが手の中にありました。銀色(ぎんいろ)の糸が輪(わ)になってついています。イダテンくんはその輪をななこちゃんの首からかけてあげました。 「これなあに?」 首から下がったふえを指でつまんで、めずらしそうにながめながらななこちゃんはたずねました。 「アシぶえさ。その筒(つつ)の口から息(いき)を吹(ふ)くと高い音が出る」 ためしにななこちゃんが吹いてみると、ピーッとひばりが鳴くようなきれいな音が出ました。 「昨日、ななこはオレを助けてくれた。だから、いつかななこに困(こま)ったことが起きたらオレが助けてやる。困(こま)ったときはそのふえを吹け。世界のはてからだってかけつける」 ななこちゃんは、指でふえをくるくるまわしながら、ちょっと考えて言いました。 「じゃあ、どうしてもイダテンくんと遊びたくなったら吹いていい?」 イダテンくんは、きょとんとした顔をしましたが、すぐに顔を真っ赤にすると、 「ふざけるな」 と、すごいけんまくで怒(おこ)りました。 「そんなことでふえを吹いたらぶっとばすぞ。それで、二度とななこのところには行かないからな。いいか?本当にどうしようもなく困(こま)ったときにだけそのふえを吹け。遊び半分で吹いちゃだめだ」 ななこちゃんはイダテンくんの怒(おこ)った顔にすくんでしまって、小さくうなずきました。 「わかった」 それを見て安心したようにイダテンくんはちょっと笑(わら)いました。 「じゃあ、元気でな」 言ったかと思うとイダテンくんは地面をけりました。ごうっと音を立ててつむじ風がまい、あたり一面の菜の花が大きく波(なみ)打ちました。きらきら光る黄色い波(なみ)がまぶしくてななこちゃんは思わず目をつぶりました。 ななこちゃんが次に目を開いたときには、イダテンくんはもうどこにもいませんでした。 |