次の日から、ななこちゃんのお父さんはくつ屋さんを始(はじ)め
ました。『イダテン様ごようたつ』のかん板がきいたのか、最初(さいしょ)の日から何人ものお客さまが来ました。お父さんはせっせとお客さまの足の型を
取って、くつを作りました。何日かたつと、ななこちゃんちのくつは、じょうぶで、軽くて、はきごごちが良いとひょうばんになって、ますますお客さまはふえ ました。お店はたいそうはんじょうしましたが、お父さんは大いそがしで、ななこちゃんと遊ぶひまもありません。おまけに、何日も雨がつづいて、外に出かけ
られなかったので、ななこちゃんは一人で家の中で遊ぶしかありませんでした。何度か、あのアシぶえを出して、吹いてみようかなとななこちゃんは思ったので すが、イダテンくんの怒(おこ)った顔を思い出すとやっぱり吹けませんでした。
やがて、もうすぐななこちゃんが小学校に入学する日が近づきまし た。明日(あした)はお母さんも退院して、入学式には学校に来てくれます。ななこちゃんはひさしぶりにうきうきした気分で、お昼ごはんのしたくをしていま した。スパゲティをゆでて、レトルトのトマトソースをかけるだけのお料理ですが、トマトのいいにおいがすると、ななこちゃんのおなかはぐうと鳴ってしまいました。 『お父さんを助けなきゃ』 じっと動かないお父さんを見て、気持はあせるばかりなのに、お店の道具の一部になったみたいに、体はくつを乗せている金とこよりもかたくなって、動かすことができません。 「はい、すずきクリニックです」 ようやく電話がつながり、女の人の声が聞こえました。 「もしもし、森のそばのくつ屋ですけどお父さんが病気です。すぐ、せんせいにきてもらえませんか」 電話をかけてきたのが小さな女の子の声だったので女の人はおどろいたようでした。それから困(こま)った声になって言いました。 「ごめんなさい。今日(きょう)は先生は遠くの病院にご用があって夜まで帰らないのよ。おうちの人はほかにだれもいないの?」 「お父さんとわたしだけです」 電話の向こうがわで女の人は考えこんでいるようでした。『うーん』とため息(いき)のような小さな声が聞こえました。 「ともかく、先生に連絡とって、すぐに知らせてあげるわ。おうちの電話番号を教えてくれる」 ななこちゃんは電話に、はられた新しい番号を言って電話を切りま した。それからまた、電話番号の紙をなぞって、お母さんが入院している病院に電話をかけました。けれど、お母さんは検査(けんさ)を受けていて夕方まで、 もどりませんと言われてしまいました。本当は119に電話をして救急車(きゅうきゅうしゃ)をよべば良かったのですが、ななこちゃんはすっかりあわててし
まって思いつくことができませんでした。電話台の中の黄色い電話ちょうで別のお医者さまを調(しら)べようとしましたが、ななこちゃんは字が読めないの で、ぶあつい電話ちょうのどこにお医者さまの番号がのっているのかさえわかりませんでした。 それから、ななこちゃんは家の外に出て、だれか通りかからないか と、いっしょけんめいにあたりを見回しました。だれか大人(おとな)の人が通りかかったら助けてくれるかもしれないと思ったのです。けれど、ななこちゃん
の家は町のはずれで、その向こうには森しかありませんでしたので、いつまでたっても誰も通りかかりませんでした。
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