「なんで?また遊ぼうよ。友だちでしょ」 日がかげって、冷たい風が菜の花の原っぱをゆすりました。イダテンくんの肩(かた)がいっしょにゆれたように見えました。 「オレは、ななこと友だちになんかなれない」 イダテンくんは背中(せなか)を向けたまま、小さな声で言いました。 「えっ」 いきなりつきとばされたような顔になって、ななこちゃんは、イダテンくんの背中を見つめました。 「もしかして、楽しくなかった?」 おそるおそる、ななこちゃんはたずねました。 「ななこは、今日すっごく楽しかったんだ。いろんな海を見せてもらって、どろんこになりながら遊んで。でも、イダテンくんはいそがしいから、めんどくさかったのかな」 すぐそばにイダテンくんの背中(せなか)が見えているのに、なんだか高いがけの上から話しかけているみたいで、ななこちゃんは話しながら顔をくしゃくしゃにしてうつむいてしまいました。それでも、イダテンくんは何も言いません。 「ごめんなさい」 よくわからないけど、イダテンくんを困(こま)らせた気がして、あやまらないといけない気がして、ななこちゃんは小さな声で言いました。 「なんで、あやまるのさ」 イダテンくんは怒(おこ)ったように言いました。 「ななこはなんにも悪(わる)いことなんかしてないじゃないか。オレだって今日は楽しかった。人間と遊んだのは初めてだったけど、すっごく楽しかった。オレだって……、ぼくだってななこと友だちになりたいよ」 イダテンくんの声はしりつぼみに小さくなって、その細い肩(かた)をいっそうすぼめました。 「でも、ななことだって、だれとだって、ぼくは人間と友だちになっちゃいけないんだ」 「なんで?なんでいけないの」 聞いてはいけないことを聞いている気がして、ななこちゃんはおそるおそるたずねました。それでも、声はついつい大きく早口になってしまいます。 「ぼくは神様の子供だ。いつか父さんのあとをついで、本物の神様にならなくちゃいけない。神様は全部の人間に公平(こうへい)でいなくちゃいけないから、誰か一人を特別(とくべつ)にしちゃいけないんだよ。誰か一人の人間とだけ仲良しになっちゃだめなんだ」 ごうっと、強い風が菜の花をゆらして冷たい空気を運んできました。お日さまの光もすっかり弱くなって、夜はすぐそこまでやってきています。 「今日ななこが、『ちょっと、遊んでいこう』って言っただろ。あの時、ぼくは父さんにお願いして今日一日だけ特別(とくべつ)にゆるしてもらったんだ」 遠くの空に一番星がうっすらとまたたいて、背中を向けたままイダ テンくんは顔を上げてじっと星の方を見ていました。ななこちゃんはイダテンくんの言っている意味が半分もわかりませんでしたが、その後ろすがたを見ている
と、なんだか一番星をこわい目でにらんでいるような気がしてイダテンくんがとてもかわいそうになりました。イダテンくんはいつか神様になるので、人間の友 だちを作ってはいけないということだけはよくわかったのです。 どうしたらいいんだろ――。ななこちゃんはいっしょけんめいに考 えました。このまま、さよならを言うのはさびし過ぎます。なにより、ななこちゃんはもうすぐ小学校に入学してたくさんの友だちができることでしょう。それ
なのに、イダテンくんはずっと一人ぼっちのままです。『全部の人間に公平でいるために』って言うけど、そのせいでななこちゃんたち人間に比べてイダテンく んがひどく不公平なことを押しつけられているように思えたのです。 お日さまの光はほとんど消えて、夜がやってこようとしています。 「ごめん。もう帰らなくちゃ。ななこも早く帰らないとお父さんたちが心配するよ」 あたりはうす暗くなって、すぐ目の前のイダテンくんの白い服もぼんやりとしか見えなくなりました。体をぶるっとふるわせて、ななこちゃんは空を見上げました。一番星が小さな小さな光をまたたかせています。ふいにななこちゃんはいいことを思いつきました。 「じゃあさ。約束(やくそく)なしの約束(やくそく)しようよ」 「えっ」 イダテンくんがふり返りました。 「指きりもしない。明日の朝にここで待つのもやめる。でも、ときどきここには来るから、いつか、たまたま会ったら遊ぼうよ。別に特別(とくべつ)な友だちじゃなくったってさ。ひさしぶりの人に会ったら少しくらいおしゃべりしたり、遊んだりしてもいいんじゃないかなあ」 イダテンくんは、ななこちゃんが言ったことを何度もくり返して考えているようでしたが、やがてにっこり笑ってうなずきました。 「うん。それならいいと思う。いや、とてもいい考えだ」 イダテンくんは何度もうなずきました。 「だから、さよならを言うのはやめようよ」 ななこちゃんも、にっこり笑って、さよならのかわりのあいさつをしました。 「またね」 イダテンくんは思いもしなかった言葉(ことば)にまごついたみたいでしたが、すぐに 「うん。またな」 と言って笑いました。 明日かもしれない。あさってかもしれない。もっとずっと先かもしれない。いつだかわからないまた会う日を楽しみにしながら、指きりはせずに、ななこちゃんとイダテンくんは手をふりました。 「それまで元気でな」 そう言って、イダテンくんは地面をけるとつむじ風を残して帰って行きました。 その夜。ななこちゃんはつかれて、ぐっすりとねむりました。そして、イダテンくんといっしょにくじらの背中に乗って泳(およ)ぐゆめを見ました。 小学校に入学して、少しづつななこちゃんにもお友だちができました。でも、あのアシぶえは大切にしまっていて、それをときどき首からかけて、あの菜の花の原っぱに一人で遊びに行きます。 今日ではないかもしれないけれど、いつかイダテンくんがつむじ風をまきおこしながらいきなり目の前に飛び出してこないかなあと、心待ちにしながら。 おしまい |