里菜と続編図書館<2>
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「着いたで」
 さっきのと大差ない何の変哲もない扉が立っていた。桃ちゃんは躊躇(ためら)いなく扉を押し開ける。明るい光がぱっと差して里菜は思わず目をつぶった。『あーあ』隣で桃ちゃんの溜息が聞こえて里菜は目を開いた。扉から顔を出すと右手にショッピングモールが見えた。その向こうにはマクドナルドがある。
「これって、大通りじゃん」
「うーん。単なる抜け道だったか」
 桃ちゃんは残念がりながら扉をくぐって大通りに出た。
「異世界に通じてるって本気で思ってたん?」
 里菜も笑いながら後に続く。駅前の大時計が六時を報せた。二人はそれを潮(しお)におしゃべりをしながら家路についた。
 次の日は学校が休みだったので里菜は借りていた本を抱えて図書館に行った。もちろん秘密の図書館ではなく、いつもの町の図書館だ。借りていた本を返した後、里菜はぶらぶらと書架(しょか)を見て回った。今は『ディアフォレストの風』を学校の図書館で借りて読んでいるので新しい本を借りるつもりはないが、新刊書を覗(のぞ)いてみたかったのだ。
 新刊書の特設棚に行き、左から順に本の背を目で追う。続、続、続……。昨日、桃ちゃんには言わなかったが里菜は新しい本を読み始める時に変なクセがある。その本に続編が出ているかどうかを確かめたくなるのだ。新刊書の中には続の付くタイトルが一冊とシリーズ物の新刊が三冊あった。
 四冊はセーフ。
 心の中でそう呟(つぶや)く。続編が出ている物語は安心して読める。結末で主人公が死んだりしないし、悲しい別れが来たって続編で再会するに決まっているからだ。いつの頃からだろう。里菜は読む本をそんな基準で選ぶようになっていた。そういえば『ディアフォレストの風』に続編が出る予定はあるのだろうか?先月出たばかりの新刊だからまだしばらくは出ないだろうけど気になった。
『続編が出ないのならいやだな』
 用心深い里菜にしては珍しく、つい目に付いたので借りてしまったのだ。一般書架に回って同じ作者の作品を探してみる……。シリーズ物をたくさん出している作者なら期待できそうだ。あった―けど届かないじゃん。見付けた本は棚の一番上に並んでいた。台がどこかに……見付けた!
 書架の向こう端にキャスターの付いた台があった。さっそく押して来て上る。目の高さより少し上にお目当ての本が並んでいる。が、ざっとタイトルを目で追って里菜はがっかりした。単発の小説ばかりでシリーズ物は書いていないようだ。……続編は?続、続、続―あった。
『続・……ディアフォレストの風?』
なんで?本編が先月出たばかりなのに続編が、しかも一般書架になんかあるはずがない。恐る恐る里菜はその本に手を伸ばした。桃ちゃんなら楽勝で届くだろうに―背伸びをした体勢でよけいなことを考えてしまった。集中力が逸(そ)れたのがまずかったのかもしれない。バランスを崩しそうになってよろけた拍子に指に当たった五、六冊の本を床に落してしまった。けたたましい物音に近くにいた何人かが振り返る。うわっ、やっちゃったよ。里菜は慌てて台から降りると本を拾い集めて揃える。又、台に乗ってぽっかり空いたスペースに急いでその本を押し込んだ。
 何だかまだじろじろ見られているようで居心地が悪い。里菜は台を元あった場所に急いで戻した。ディアフォレストの風の続編は気になるけど又今度にしよう。
 ふと床を見ると小さなカードのようなものが落ちていた。端に穴が開いて白いリボンが結ばれている。栞(しおり)かな?カードは地の色が目の覚めるような赤で下半分に小犬の絵が描かれていた。今にも動き出しそうな精緻(せいち)な絵に里菜は目を奪われた。―これ欲しいかも。
 でも誰かの落とし物かもしれないし―。思い直して受付に向かった。
「だから、これくらいの大きさでですね」
 受付では里菜と同い年くらいの男の子が何やら熱心に話している。
「いやあ、見かけてないけど。そんな薄い物だとなかなか気付かないんじゃないかな」
「あったらすぐに分かります。目立つ色ですから」
 里菜がなんとなく割り込みづらくて後ろで待っているとおじさんが『何か用?』と声を掛けてくれた。
「これ、落とし物かな?って」
 里菜が差し出したカードを見て、男の子とおじさんは同時に『あっ』と声を立てた。
「これ、どこにあった?」
 男の子は里菜からひったくるようにカードを奪い取ると早口で言った。
「本に挟んであったはずだ。どこにあった?」
 たたみかけるように訊いてくる。まるで里菜のせいで探し物をしてるみたいな口振りでずい分と失礼な言い方だ。
「せっかく届けに来たのにその言い方はないんちゃう?」
 ついいつもの勝気な口調になる。
「そんなことはどうでも良い。急いでるんだ」
 そんなことという言葉にカチンと来たがキリがない。里菜は男の子を連れてさっきの本棚に戻った。
「一番上の棚のどれかに挟んであったと思うんやけど」
 里菜の指差す方を男の子は見上げた。男の子の背は里菜と同じくらい。とても手が届きそうにない。振り返るとさっきと同じところに台があった。何を思ったのか男の子は手のひらを上にして台の方にすっと腕を伸ばすと、こっちに来いというようにくっと指を曲げた。
 台が―まるで引き寄せられるように滑って来た。男の子はふわりと飛び上がると軽々と台に飛び乗った。あっけに取られている里菜をよそに男の子は人指し指を立てて左端の本の背にあてがった。そのままスッと一気に右端の本まで指を滑らせる。と、中の一冊が青白い灯(ひ)を灯したように光った。
「あった」
 安堵(あんど)するように呟(つぶや)いて男の子はその一冊を引き抜いた。表紙のタイトルが里菜にも見える。『続・ディアフォレストの風』―あの本だ。男の子は音も立てずに台から飛び下りると台に向かって軽く手首を振った。すると台は元あった場所に滑って行って寸分たがわぬ位置で止まった。―いや、ないないない。里菜は今見てしまったことを心の中で否定した。
「ちょっと……」
 どういうこと?と訊こうとして振り返ると男の子は出口に向かって歩きだしていた。って、説明なし?しかもさっきの本、貸し出し手続きせずに持ち出そうとしてるし、里菜はむしょうに腹が立ってきて男の子の後を急いで追いかけた。
 男の子は図書館を出ると駅前の方に向かう。思いの外足が速かったけれど、白いポロシャツに白いズボンと白づくめの格好はひどく目立ったので追いかけるのは簡単だった。肩のところで切り揃(そろ)えたおかっぱのような髪も目印になった。大通りに出る。男の子が黄色の信号を駆け足で渡ったので焦ったがなんとか里菜も渡り切った。マクドナルドの前を過ぎてショッピングモールを抜けてエスカレーターを下る。ちょっとこれって―案の定男の子は雑居ビルの角を曲がった。里菜が後をつけていることに気付いてる―あの抜け道を使って巻くつもりだ。里菜は足を速めた。角を曲がると男の子は丁度鉄の扉をくぐるところだった。重い扉は男の子がくぐり抜けるとゆっくり戻ってくる。ちょっと待って―里菜は駆け寄ると閉まる寸前の扉を勢いよく押し戻してくぐり抜けた。
 風が里菜の頬(ほお)を撫(な)でた。若草の柔らかい匂いがその風に乗ってやってきて里菜の鼻をくすぐる。ここは―どこ?草原が緩い起伏を描きながらどこまでも続いている。そこここに干し草の山が積まれていて空の高いところでひばりが鳴く声がする。すぐ後ろで扉が閉まる音がした。はっとして、里菜は振り返った。あの古ぼけた扉が草原にぽつんと立っていた。一瞬いやな予感がしたが扉が蜃気楼のように消えることはなかった。里菜の足元から細い土の道が丘の上に向かって伸びていた。このまま扉をくぐって戻ろうかと考えたけれど、なんとなく癪(しゃく)なのでとりあえず丘の上まで行ってみることにした。丘を上りきると―眼下にその白い建物が見えた。なんだかギリシャの遺跡が新品になったみたいな建物だ。そう思いながら里菜は丘を下って建物に近付いた。建物の正面扉の脇に木の札が下がっていてこう書かれていた。
 続編図書館
 やっぱり―どういうわけかそんな予感はしていた。あるはずがない『続・ディアフォレストの風』を見かけてから、不思議な技を使う男の子と出会ってから、鉄の扉の向こうの不思議な草原に足を踏み入れてから、桃ちゃんが言っていた秘密の図書館に辿(たど)り着いてしまうのではないかと。
 どうしようかな?鉄の扉はすぐそこだ。これ以上深入りする前に帰ってしまうのが賢いように思えた。でも……。
 里菜はキュッと唇を噛んで白い扉を睨(にら)むように見つめた。ここで帰ったら何も分からないままだ。この図書館のことも、あの男の子とも、あるはずのない『ディアフォレストの風』の続編がなぜ町の図書館に置かれていたのかも。
なんだかこのまま物語が終わるのは嫌だ。もっともっと続きが読みたい。
ふとさっきまで読んでいた『ディアフォレストの風』の場面が里菜の脳裏をよぎった。

「我が友、風の精霊シルフィード、我と共に来たりて我を助けよ」
 シンシアが叫ぶ。舞うように足を躍らせ稲妻のように腕を閃(ひらめ)かせる。彼女の指先から幾本(いくほん)もの竜巻が沸き起こり屈強なオークやドワーフ達を切り裂き、なぎ払った。それでも後から後から武器を携(たずさ)えた軍勢が押し寄せてくる。
「キリがないぜ」
 大剣を振るって追撃していたナオヤが息を切らせながら叫んだ。代官カミュの後ろ楯を得たゴルドバの軍勢は数百に膨れ上がっている。とても一つの村で防ぎきれる数ではない。
「シンシア、ナオヤと共に教会へ行け。あそこは聖域だから奴(やつ)らも近付けん」
 村長(むらおさ)のヨハンが駿足(しゅんそく)のカヤを引き回して来た。
「でも、父(とう)様(さま)……」
 傷つき疲れ切っている村人達を見遣(みや)ってシンシアはためらった。
「奴らの狙いはお前とお前の持っているブルー・ルビーだ。行くんだ」

 


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