【ひとこと】

 「4月29日は何の日でしょう?」と訊かれると、未だにGは「天皇誕生日」って、答
えそうになります。でも、案外そういう方はまだまだ居てるんじゃないでしょうか?で、
可哀想な「みどりの日」のためにこの物語を...(って、2007年に「みどりの日」は
5月4日に移っちゃいましたね)

             緑の夢

 「だったらあなた、緑の夢をお買いなさい」
 柄にもない恰好つけのつもりで「街に緑が少ない」とか、俺がバーテンにぼやいた時だ
った。隣に座っていた男がそう話しかけてきた。ソフト帽を目深に被って顔を隠した、見
るからに怪しげな奴だった。
 なんだか面白そうだったので俺は男について行った。どこをどう歩いたのか覚えちゃい
ないが、気が付くと俺たちは深い森の中に立っていた。
「並行世界なんですよ、ここは。植物との共生がここの基調なんです。あなた方の世界と
は随分と違いますな。」
 低く笑った声に聞き覚えがある気がした。
 「ここでの暮らし、百万でいかがです。」
 それで、住む家も家具も用意してくれると言う。
 元々、深く考える質じゃないから、俺は二つ返事でその話に乗った。引っ越し代と思え
ば当たり前の額だし、どうせプータロウのその日暮らしだ。こっちにも仕事くらいあるさ。
 なけ無しの貯金をはたいて次の週から俺は「緑の夢」で暮らし始めた。男が用意してく
れた家や家具は中古品だったが、俺が普段使っているのと大差なかったから却って使い勝
手が良かった。
 空気は気持ちいいし、鳥の鳴き声で目覚めるのも悪くない。森のそこここにはちゃんと
店や仕事場もあってバイト先もすぐに見つかった。それに、さすが並行世界だけのことは
ある。あっちの知り合いはこっちにもちゃんといて、暮らすには一向に不都合はなかった。
ただ、どこに行っても環境保護とかで煙草を売ってないのにはちょっと参った。
 三日目の朝、テレビをつけたら朝ドラの代わりに臨時ニュースをやっていた。
 「今朝未明、都心霞ヶ関付近でガソリンを使った駆動車を乗り回し、排気ガスが一体に
ばら撒かれるという事件が発生しました。事態を重く見た当局は……」
 目が点になった。
 「……、新しい情報が入りました。先程、反体制グループ『赤い牙』が、犯行声明を発
表した模様です。事件の首謀者及び実行犯は捕捉され次第、射殺は必至と見られ……」
 アナウンサーの緊張した顔で、どっきりカメラじゃないらしいことだけは分かった。
 何となく落ち着かなくなって俺は外に出た。俺はそれまでろくに覗いていなかった家の
裏手に回った。こいつは酷ぇ。太い蔦がすぐそこまで伸びてきている。蔦の奥の方でよそ
の家が締め付けられてひしゃげていた。
 あわてて俺は蔦を引き千切ろうとしたが、傍らに立っている立て札を見て凍り付いた。
『如何なる理由であれ、森林を伐採せし者は即時に処刑されるべし。 刑法第一条』
 俺はその場にへたり込んだ。
 何のことはない。あの男、この世界から逃げたくて俺を身代わりに仕立てたんじゃねぇ
か。自分の使い古しの家を押し付けといて、百万の逃亡資金までせ占めやがった。
 ハハ、笑っちゃうね。どうもあの笑い声、聞き覚えがあると思ったんだ。今になって気
が付いた。ありゃぁ、俺の声にそっくりだったんだ。

「Gの書斎」に戻る inserted by FC2 system