【ひとこと】

 My Bony is over the ocean.  My Bony is over the sea.
 My Bony is over the ocean.  Oh,bring back my Bony to me.
 Bring back.  Bring back.  Bring back my Bony to me,to me.
 Bring back.  Bring back.  Oh,bring back my Bony to me.

          My Bony −愛しい人−

 「気が付いたかい。」
 陽子が、ぼんやり目を開くと、優しく笑う老婆の顔がのぞき込んでいた。
 「雪の中に倒れていたんだよ。」
 そうだった。死のうと思って、北国の町にやって来たのだった。雪野原をさ迷っていて
……。
 「ゆっくりお飲み。」
 差し出された湯呑みを素直に受け取りながら、陽子は自分がどうしてまだ生きている
のかしらと思った。自分の心臓は一週間前に止まってしまったはずなのに。

 笑いながら手を振っていた哲郎。彼女との距離は道を隔ててたった十メートルだった。
半分横切ったところで信号を無視した酔っ払い運転が彼を跳ね上げた。悲鳴を上げる
間もなく、彼女の心臓はその時止まった……はずだった。
 「しばらくじっとしておいで。じきに、体もぬくもってくるから。」
 左足を少し引きずりながら、老婆は部屋の反対側へ歩いて行った。隅に置いてある
古いプレーヤの蓋を開けて、針を動かした。
 ソプラノが、古い英語の歌を歌い出す。
 「『マイ・ボニー』って云うんだよ。海に出たまま戻らないボニーを、ずっと待ち続ける娘
の歌さ。若い頃、初恋の人に頂いた、たった一つの贈り物がこのレコード。彼は、空襲
の夜に私をかばって死んじまったけどね。」
 老婆の澄んだ目が陽子をじっと見詰めた。
 「死にたいと思ったさ。あんたと同じでね。でもこの曲を聴いているうちに待とうと思う
ようになった。いずれ私も死ぬ。そしたら彼に逢える。たかだか何十年かお別れするだ
けじゃないかってね。急ぐことはないんだよ。」

 駅への道を教わり、礼を云って陽子はその一軒家を出た。少し歩いて振り返るとその
家は、もうどこにもなかった。

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