【ひとこと】

 時折、Gはストーリー付きの夢というのを見ます。大概は寝が浅くて、夢を見ながらその先の展開を考えてしまって、結果的に夢に筋がついていくだけのような気がしますが...
 このお話は、そう言ったストーリー付きの物語の一つです(既出の中では「緑の夢」がやはり、ストーリー付きの夢から生まれたものです)。数年前にGが見た初夢に寄せて...

                 輪廻寺

 人喰い寺の噂を聞いたのは、僕が記者に憧れていた文学部二年の頃だった。
 好奇心旺盛なさかりで、この小さな山寺を半日掛かりで訪ねて行ったのを憶えている。
 「よく人が心中に来るそうですね。」
 180は、優にあろう住職に臆面もなく尋ねた。寺は崖っ淵に建っていて、水量豊かな
20mの滝と、深い滝壷を見下ろす。
 「ああ。」
 ためらいもなく住職が答える。
 「時々、一家で来てそこの崖から飛び降りよる。じゃから、そこの滝を人喰い滝、この
寺を人喰い寺と土地の者は呼ぶ。」
 云いながら、彼が崖から境内の方に目を移したので、僕もつられて目をやった。
 30半ばの夫婦と子供二人だろう・・・四人連れがそこに立っていた。
 僕は、住職を振り返った。
 「なに、参拝客じゃよ。」
 「なぜ、止めてやらないんです。心中に来た人を見掛けた事もあるそうじゃないですか。」
 住職は、黙ってじろりと僕を見た。鳥の囀りの中後ろで本堂の扉の開け閉ての音がした。
 「本人に生きる意志がなければ無駄じゃ。」
 「そんな事はない。挫けそうになっているだけだ。死んでも仕方ない人間なんていない。」
 住職は、息をのんで僕を見詰めていたが急に目を細めて笑顔になった。
 「久し振りじゃの、他人に一所懸命になれる人間を見るのは。なあ、学生さん。世間にゃし
がらみに縛られてそのままじゃ生きていけん人もおるんじゃよ。じゃがここの滝つぼは、案外
深くての。死体が上がらんこともよくある話じゃ・・・。」
 本堂の扉が開いて先程の家族が出てきた。境内に立つと住職に深々と頭を下げた。
 「心中した人達も、どこかで生まれ変わって生きているかもしれんて。」
 鳥の囀りの中、住職はもう一度笑った。

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