【ひとこと】

1999年、いよいよ世紀末がやってきましたね。世紀末もののパニック映画など大流行しておりますが、
もし終末が来るとするのなら、もっとあっけない劇的でもない終わり方の方がGはリアリティーを感じます。


この世の果てで

 「何か面白いことないかなあ」

 助手席で葉子が欠伸混じりに呟いた。俺は特に返事もしない。「何か面白いこと」は葉子の

口癖だ。

 音合わせの帰り道。せこいバンドで葉子はピアノ、俺はベースをやっている。帰る方向が同

じだから葉子は俺の車で帰る。時には俺の部屋に泊まっていくこともある。でも、恋人って感

じじゃないんだな。

 俺は34、葉子も32、これだけ独りが長くなると面倒なこと、厄介なことは避けて通っちまう。

二人でいても話すことといえば、どこのバンドのテクがどうのとか、誰と誰がくっついたの離れ

たのと軽い話ばかり...ことさらヤバイ話はお互い口にしない。

 「厚生省の調べによりますと……」

 コルト・レーンが終わってラジオはニュースに変わった。厚生省の調べでは、去年の出生率

は、戦後最低だったんだと。

 「少子化ねえ。実感湧かないなあ」

 ガムをくっちゃくっちゃ噛みながら葉子が言った。

 「それだけ、世の中平和なんじゃないの」

 俺は返しながら、左のレーンへ車線変更した。ちょっと遠回りだが、湾岸沿いに港を横目で

見ながら帰るのが習わしだ。

 「人間だって生物の一種に違いねえんだからさ。滅びに瀕してるんなら、本能的にでも子孫

を残そうとするはずじゃねえか。

 子供を作る数が減ってるってのは、それだけの数で人間は安泰だと本能が察してる証拠な

んじゃないの」

 国道を逸れて脇へ入る。道は緩い上り坂になっていて上り切ったところでいきなり前が開け

る。オレンジのランプの帯がここからは見下ろせる。帯は港を抱きしめるように弧を描く。俺の

お気に入りの場所だ。

 「蜘蛛は嵐が近づくと巣を念入りに作る。ネズミは増えすぎると水に飛び込んで自殺する。

それに比べりゃ平和なもんだ」

 「あんた、時たま学者みたいな口きくね」

 葉子は笑ってガムを吐き出した。

 「馬鹿にすんなよ。これでも学があるんだぜ」

 言いかけたが、不意にラジオが変な音を立てて俺を遮った。音の合間に切れ切れの声。

 「先ほ…、核ミ………………、あと…分で…………」

 1分ほど音は続いて止んだ。入れ替わりにヒステリックなアナウンサーの声。核ミサイルが

今こっちへ向かってるんだと。

 「やーい、大はずれでやんの」

 葉子が仰け反ってケタケタ笑うもんだから、何だか俺は実感湧かなかった。

 ま、あと数分の運命だというんならジタバタしたってしょうがないか。俺は突堤の先で車を

停めた。船が沈む前にネズミは逃げるという。この世の終わりが近いんなら魂だって生まれ

てきたかないだろう。

 車を出た途端、葉子が派手なくしゃみをした。俺は肩をすくめて笑った。

 それから、俺達は寄り添いもせず車に凭れて夜の闇が白く輝く時を黙って待っていた。


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