「だめねえ。そんな風に言ったら、お気に障るに決まっているじゃないの。」

 ちょうど具合良く先程の少女がお盆を持って戻ってまいりましたので、気まずい雰囲気はまた和や

かさを取り戻しました。

 「ごめんなさい。失礼な言い方をして。」

 少年をたしなめるように見ながら、少女は言いました。

 「今日はクリスマスイヴでしょ。だからこの人、そんな言い方をしたんですわ。」

 少女は、お客に紅茶とお菓子を勧めました。

 良夫君と真理子さんは、わけが分からず目を見合わせました。

 「冷めないうちにどうぞ。」

 重ねて少女がお茶を勧めますので、二人は礼を言ってティーカップを取りました。

 熱い紅茶が、冷えた体の隅々までいきわたって、ほうっと真理子さんはため息をつきました。

 「変わった紅茶ですね。」

 「温まりますでしょ。入れ方に秘密がありますの。」

 にこやかに少女は、微笑みかけました。

 「さっき、そちらの方がおっしゃった事は大方当たっているんです。」

 小屋の住人があまりに大人びて振舞いますので、自然と真理子さんの口調も改まってしまいます。

 「わたし、真理子といいます。」

 「良夫です。」

 「わたし達、従兄妹同士なんですけど小さい頃家が近かったので、どちらかというと幼馴染みみた

いにして育ったんです。わたし小さい頃から人見知りが激しくて、よく無理を言っては良夫ちゃんを

困らせていました。でも、良夫ちゃんは一度だっていやな顔をしたことがないんです。わたしが悲し

いときは一緒に悲しい気持ちになってくれたし、困った時は必ず親身になって考えてくれましたから、

いつのまにか一生、良夫ちゃんのそばに居たいって思うようになっていたんです。」

 「僕も、いつも後からついてくる小さな女の子が可愛くってたまらなかったんですよ。」

 「でも、ご両親はあなた方ほど仲良しじゃないのですね。」

 真理子さんを見つめる少女の瞳には、興味半分なところは少しもありませんでした。

 その代わり、まるで何十年もの人生を行き抜いた女のように、落ち着いた優しさに溢れていました。

 「ええ。うちの親族がお金持ちを鼻にかけていたことがそもそもの原因だと思うんです。

 叔母が、良夫ちゃんのお父さんと結婚する時に恩着せがましく高額の持参金をつけたんだそうです。」

 ひと息つくと真理子さんはティーカップを口に運びました。彼女がお茶を飲んでいる間に良夫君が

話を引き継ぎました。

 「父はかんかんに怒ったらしいのですが、母のことは大好きだったんですね、けっきょく結婚はし

たのです。けれど、親戚付き合いをまるでしなかったので、今度は真理ちゃんの親族が怒りだしまし

た。『あいつは学のあることを鼻にかけてる』と言って。

 赤字続きの工場を何とか切り盛りしている貧乏暮しでしたけれど、首席で大学を卒業したことを父

は自慢にしていましたから。」

 紅茶を飲み終えた真理子さんが後を引き継ぎます。少女は真理子さんの目を見つめたまま真理子さ

んのカップに紅茶を注ぎました。

 「あからさまには、どちらの両親もわたし達が仲良く遊んでいるのを見ても、目くじらを立てるよ

うなことはしませんでした。

 でも一昨年、良夫ちゃんが高校を卒業した日に結婚したいって話したら、問答無用で離れ離れにさ

れてしまったんです。

 わたしは、全寮制の女子校に転校させられるし、良夫ちゃんも一日中工場の仕事で外出できないよ

うにされるし。――あんなに、わたし達の両親が協力して一つ仕事をしたことって今までなかったん

じゃないかしら。

 友達を通じて手紙は、やり取りできたんですけど監視が厳しくって今日までずっと逢うことができ

なかったんです。でも、良夫ちゃんは二十一、わたしも十九、自分のことは自分で決められる年だわ

……。」

 「誤解しないでくださいね。僕達駈け落ちして来たわけじゃないんですよ。明日の夜までには家に

帰るつもりです。」

 良夫くんは言い足してティーカップを口元に運びました。

 ひとしきり言葉が途切れて、思い出したように熾のはぜる音が耳に入ります。木枯らしが窓を震わ

せて、小屋の外が吹雪いていることを皆に思い出させました。

 「さっき、クリスマスイヴだからっておっしゃいましたよね。」

 真理子さんが口を開きました。

 「ええ。クリスマスの前の夜にはあなた方のような恋人たちがこの小屋にやって来るという言い伝

えがありますの。」

 少女の表情は至って真面目でした。

 「変に思われるのも無理はありませんけれど、この小屋を守る者にはこんな言い慣わしがあります。

――もし、クリスマスイヴの夜に若い男の子と女の子が訪ねてきたら、お茶をご馳走して遇してあげ

なさい。そのふたりは、愛し合っているのに両親にそれを許してもらえなかった恋人達なのだから、

――と。」

 言って少女は笑みを浮かべました。この小屋にはこの二人しか住んでいないのかしら。真理子さん

は改めて不思議に思いました。             

                     

 「そして、もし追っ手が来たならば必ず匿ってあげなさい。――そう続くんです。でも、本当に誰

かが訪ねてきたのはあなた方が初めてですわ。」  

 「何か、その言い伝えの拠り所になる話がありそうですね。」

 良夫君は、ビスケットに手を伸ばしながら尋ねました。

 「ええ。良かったらお聞きになります。吹雪が治まるまでにはまだしばらく間がありますわ。」

 「どうせ止むまでは出発できそうもありませんよ。」

 少年も口をそえました。

 「良かったら教えてください。」

 良夫君の返事にうなずいて、少年はひとしきり暖炉の熾をかき混ぜておいて、部屋を横切り少女の

隣に座りました。


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