楽屋裏―老婆心的なあとがき

 この物語はかれこれ二十年前、僕がまだ二十代だった頃(遠い目)に書かれたものです。読み返してみると青臭いけれど今よりずっと素直でひねくれていない自分を感じます(更に遠い目)。
 「限りなく技巧的な構成の小説を書いてみたい」という思いでペンを取りましたっけ。
 さて、ここからはちょっと当時の楽屋裏。物語の仕掛けについて紹介させて戴きたいと思います。ネタバレになりますので読後に読まれることを(あるいはそれなりに作品を気に入って頂いたのなら読まないことを)お薦め致します。
 まず、執筆にあたってはかなり映画的な視点を意識しました。冒頭では大きな街の駅をキャメラが俯瞰しクリスマスの雑踏を舐めた後、いきなり田舎の駅に場面は転換します。列車から下りた二人の主人公にキャメラは寄って行って雪原を二人の前後からフォローします。物語の中盤は四人の登場人物の室内劇でキャメラはセリフに応じてパンする形になります。ラスト二人の名付け子を見送った後、雪原を歩く主人公達の背中のカット。キャメラは徐々に徐々に引いていき、やがて主人公たちは豆粒のように小さくなって消え、後には雪原と降るような星空が残るという仕掛けにしたかったのですが如何でしたでしょう?
 冒頭で技巧的な物語と書きましたがこの物語を一枚の布地に譬えると縦糸と横糸になる有名な物語(?)が仕込んであります。世界の二大ベストセラーと呼ばれる書籍なのですがお分かりになりますでしょうか?
 一つは過去の物語の礎。丸太小屋で少女が口にした通り『ロミオとジュリエット』シェイクスピアの戯曲です。
 もう一つは現在の物語の礎。物語の要となる二人の名前はその書籍に出てくる男女からいただきました。
 『良き夫』と書いて良夫君。下の字を音読みすれば『ヨシフ』。
 『真理の子』と書いて真理子さん。その呼び名は『マリ』ちゃんです。
 二千年以上前のクリスマス。ナザレの町に暮らしていたヨセフとマリアという夫婦がベツレヘムという町を目指して旅をしておりました―キリスト教圏ならどこの家庭にも一冊はある世界のベストセラー―新約聖書の一節です。
ヨセフとマリアはなぜ旅をしていたのでしょう?それは当時イスラエルを支配していたローマ帝国が突然戸籍の整備をするとお触れを出したからです。ヨセフの本籍地はベツレヘムだったので身重のマリアを伴って戸籍登録に行かねばならなくなっていたのです。
 このエピソードが実は物語のラスト―

『良夫君と真理子さんの旅の目的は何か?』

 という謎のヒントになっております。クリスマスの前の日、雪の中を旅する二人の旅の目的は戸籍の登録。
「私達は夫婦です」
 とお役所に届けに行くことだったのです。

 寒い日が続きます。お風邪など召されませんように。良いクリスマスをお迎え下さい。

                                                            ちょっとお節介な作者より


「Gの書斎」に戻る
inserted by FC2 system